バイクと京都と恋愛話



131 名前:ヤマハの人 ◆0vMqYi.mjA [sage] 投稿日:2005/08/30(火) 14:20:24 ID:uvfWM8bq

いくつかある思い出のひとつを投下します。

俺は当時、渋谷で一人暮らしをしていた。仕事が終わり、帰宅した後に RZVでツーリングというか、散歩みたいな感じで、夜の街を軽く流して 寝るというのが習慣だった。

ある春の日の夜のこと。
彼女に出逢ったあの日は、軽く雨が降っていた。こんな日は夜ツーはやめておこうと思い、駅を出てまっすぐに、センター街にある(ジャッキーチェンの経営する)中華料理店に向かった。

メシを食って、さあ帰るかなと席を立った時、一人の女と目があった。その女は、女二人でメシを食いにきていた。その時は、こいつらもジャ ッキーのファンなのかなと思っただけだった。

雨は相変わらず小降り。路面は軽いウェット。こんな感じじゃ、やっぱり走りたくないなと思い、なんとなくゲームセンターに入った。少し遊んでいると、さっきの女が入ってきた。女たちはプリクラを撮っていた。


132 名前:
ヤマハの人 ◆0vMqYi.mjA [sage] 投稿日:2005/08/30(火) 14:23:16 ID:uvfWM8bq

プリクラなんて、どこがおもしれーのかなと思い、なんとなくそいつらを見ていた。よく見ると、優香に似ている。すると、女が俺に話し掛けてきた。「一緒に撮ります?」と笑う女(以下、優香)。

「ん?何で俺と?」と訊くと、んー、なんとなく。と笑った。優香の友人らしき女も笑っている。プリクラは苦手だからと、断ったんだけど、勢いに押され、プリクラを撮る事に。軽く話をしてみる。女たちは東京観光に来ていて、翌日の午後に京都に帰るとの事。

京都が好きで、京都には何度かツーリングで行った事がある俺は、京都人と話す事が嬉しくて、彼女達の京都の話が楽しかった。京都弁が好きな俺は、彼女達の話す言葉が嬉しかった。お返しに俺は、地元で見かけた芸能人の話をしてあげた。


133 名前:
ヤマハの人 ◆0vMqYi.mjA [sage] 投稿日:2005/08/30(火) 14:25:29 ID:uvfWM8bq

突然優香が「やっぱり似てるよねぇ」と俺に言う。「何に似ているんだ?」と訊くと「物じゃなくて、人だよー」と。彼女達が言うには、大沢たかおに似ているそうだ。優香はその男のファンらしく、俺に話し掛けてきたのも、そのせいだったようだ。

「ジャッキーズ・キッチンにいたから、ジャッキー・チェンのファンだと思っていたよ。それで話し掛けてきたのかと思ってた。」と言うと、特にファンでは無いと笑っていた。自分では、パッとしない顔だと思っていたけど、芸能人(俳優か?)に似ていると言われた事は、悪い気分じゃなかった。

ゲーセンで話し始めて小一時間程経った頃、雨は上がっていたみたいで、外に出ると、路面も乾き初めていた。「お、これは寝る前にひとっ走りできるかな」と独り言を言う俺。

優香の友人らしき女が、「ジョギングですか?」と、力の抜ける事を言う。「いや、バイクで散歩するんだよ。」と苦笑する俺。優香は「わー、いいなぁ。バイクって楽しそうですよねぇ。」と言うから、「京都にツーリングに行った時に偶然逢えたら乗せてあげるよ。」と言うと、「えっ、いいんですかー?約束ですよぉ。」と笑う。

その日はお互いのメールアドレスを交換して、俺は自宅へ、彼女達はホテルへと帰っていった。結局その日は走りには行かずに寝た。


134 名前:
ヤマハの人 ◆0vMqYi.mjA [sage] 投稿日:2005/08/30(火) 14:29:28 ID:uvfWM8bq

翌日、目が覚めると優香からメールが来ていた。「昨日は楽しかったよ。ありがとう。約束、忘れないでね♪」と、こんな感じ。いきなりタメ口かよと苦笑する俺。当時の俺は23歳。優香は19歳。まあ俺は体育会系でもないし、そういうのはあまり気にしないタチだったから、気にしてなかった。

とりあえず「ああ、俺も楽しかったよ。久しぶりに、大好きな京都弁が聞けて、嬉しかった。帰りは気をつけてね。」とメールを返す。するとすかさず返信が。「京都へは、いつ来るんですか?」だって。何故か急に敬語になる優香に、少し笑った。「気が向いた時に行くよ」と返信して仕事に向かう。

それから毎日のように、優香からメールが来た。時々京都弁で書いてあるメールに萌えたりしながら、俺は優香とのメールを楽しんでいた。そして7月になった頃、急に八橋が食べたくなり、俺は京都に行く事を決めた。八橋なんて通販でも買えるし、横浜の大黒パーキングに行けばいつでも買えるんだが。

思い立ったが吉日、早速週末に出発する事にした。


135 名前:
ヤマハの人 ◆0vMqYi.mjA [sage] 投稿日:2005/08/30(火) 14:31:40 ID:uvfWM8bq

早朝、まだ暗いうちに自宅を出る。東名高速をひた走る。2回ほど休憩して、いざ京都へ。高速を下りて、とりあえず清水寺へ。団子を食べている時に、ふと優香の事を思い出した。携帯を取り出し、メールを打つ。
が、返事は無い。ま、いっか。偶然会えたらって約束だしなと思い、RZVを走らせる。

八橋を買い、何箇所か観光地を廻る。目的も果たしたし、早めに帰ろうかなと思い、エンジンを掛けようとしたその時、メールの着信音が鳴った。
なんだよめんどくせぇな。
渋々グローブを外し、メールを見る。優香からだ。
「大沢くん(俺の事)、今こっちに来てるの?どこにいるの?会いたいよ。」
今、渡月橋の近くだよと返信する。優香は用事があって、学校に来ているらしい。そこまで行くから待っててと言われたが、俺が行く方が早いから待ってなよとメールを送る。

京都御所にほど近い大学の入り口に、優香はいた。毎日メールのやり取りをしていたからだろうか、それほど久しぶりのような気はしなかったが、とりあえず、久しぶり、と頭を撫でる。優香は俺の腰にガバーっと抱きついてきた。バランスを崩して、危うく立ちゴケするところだった。


136 名前:
ヤマハの人 ◆0vMqYi.mjA [sage] 投稿日:2005/08/30(火) 14:34:08 ID:uvfWM8bq

俺のメールの返事が遅いとか、あまり写真を送ってくれないとか、色々文句を言われた。とりあえずヘルメットを脱ぎ、グローブを外す。「猫の写真は喜んでたジャマイカ。」と言うも、「猫は猫、大沢くんは大沢くんなの」と優香。ああ、そうなの。

俺は、優香とメールのやりとりをしているうちに、優香の事を好きになっていった。優香は毎日写真を送ってくれていた。俺は、自分の写真は送らずに、地元で撮った写真や、夜の散歩の時に撮った風景写真、夜景の写真を“時々”送っているだけだった。

一度しか会っていないし、メールのやりとりだけで好きになる恋なんて、おかしいよなあ、と思っていた。しかし、優香への想いは、日を追うごとに大きくなっていた。そして、その想いに気付いてはいたものの、やっぱりおかしいよなあ、と言い聞かせている自分がいた。


137 名前:
ヤマハの人 ◆0vMqYi.mjA [sage] 投稿日:2005/08/30(火) 14:36:39 ID:uvfWM8bq

この日、京都で優香に再会して、一気に想いが膨れ上がっていくのを感じた。それは優香も同じだった。のかは知らんが、優香の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。「今日はこれからどうするの?」と訊かれて、「ん。もう帰ろうと思ってたところだよ」と答える俺。

「えー!ゆっくりしていきなよぉ。せっかく来たんだし。色々案内するよ」「今日はどこかに泊まるんじゃないの?日帰りなの?」 「バイクに乗せてくれるって言ってたじゃない。やーくーそーくー。」
と、少しむくれた顔をする優香。

「しょうがねぇなあ。まあ、明日も休みだし、今夜はどこかに泊まるかな」と言うと、優香の表情が明るくなる。「んー、うちには泊まれないから、一緒に宿を探すよ」と、公衆電話があるところに案内してくれた。なんで公衆電話?と思っていたら、そこにはタウンページが置いてあった。

ああ、なるほどな。オマイ、頭いいなと心の中でつぶやきながら、ふたりでページをめくる。観光案内所とかに行けばすぐに紹介してくれんじゃねーの?とも思ったけど、ふたりで宿を探すという行為が妙に楽しくて、その言葉はしまっておいた。

何件も電話をかけたが、週末で、夕方だったせいか、なかなか空き部屋がない。ようやく見つけたのは、琵琶湖の近くのビジネスホテルだった。俺も疲れているし、宿に行くにも迷うだろうから、明日ゆっくり会おうなと、優香に携帯の番号を教えて、ホテルに向かった。


138 名前:
ヤマハの人 ◆0vMqYi.mjA [sage] 投稿日:2005/08/30(火) 14:39:12 ID:uvfWM8bq

翌日、優香に言われるままに、桂という駅に向かった。ここにきて思ったのだが、俺のRZVはバックステップにシングルシート。ヘルメットも、俺の分しか無い。優香を乗せる事なんてできねえじゃん_| ̄|○

しかし優香は、そんな事はわかっていたらしく、白いワンピース姿で俺を迎えてくれた。優香の家まで、バイクを押して歩く。優香の家は、駅から5分位だった。言われるままに、庭にバイクを停める。その時、優香の父と思われる人物が現れた。

「君が大沢くんか?娘がよく君の事を話しているものでね。いつも世話になってすまないね」「あ、いえ。こちらこs『おとーさん!そんな格好で出てこないでっていつも言ってるでしょ!』ます。」

父上はランニングシャツにトランクスという出で立ちで、いかにも“とうちゃん”って感じだった。まあ、こんな感じで挨拶を済ませて、再び駅へと歩いた。


139 名前:
ヤマハの人 ◆0vMqYi.mjA [sage] 投稿日:2005/08/30(火) 14:42:12 ID:uvfWM8bq

よく晴れた日曜日だった。優香の希望で、清水寺に行った。八坂神社では、お守りを買ってくれた。祇園の街をのんびり歩いた。夕方になると、芸妓さんとか舞妓さんが歩いてるのよ、と教えてくれた。

その後、京都駅の屋上に連れていかれた。のんびりし過ぎたせいで、辺りは薄暗くなっていた。京都駅の屋上は、薄い黄色のランプがきれいだった。「私の家は、あの辺かな」と、優香が指を指す。「カップルばかりだね」と、少し照れた様子がかわいい。

もうそろそろ帰らなければいけない時間だったんだが、一日一緒にいたせいか、なかなか離れ難い。俺は改めて、優香への気持ちを確信した。

優香の気持ちも、俺に伝わっていた。軽く抱き寄せて、くしゃくしゃっと頭を撫でる。ついでに、ほっぺをムニューと引っ張ってみた。優香は笑いながら俺を叩いた。


140 名前:
ヤマハの人 ◆0vMqYi.mjA [sage] 投稿日:2005/08/30(火) 14:45:52 ID:uvfWM8bq

唐突に、「なあ、優香。俺達付き合わないか。」と言ってみた。優香は「えっ」と俺を見上げた。

「メールは毎日してたけど、実際会うのは2回目だし、遠距離だし、いつまで続くのかわからないけど。それに、優香がOKって言ってくれるかもわからない。だけど、それでも俺は優香の事が好きなんだ。好きになってしまったんだよ。」と、一気に言っちまった。

少しの沈黙ののち、優香は「ありがとう」と言ってくれた。その日から、俺達の遠距離恋愛が始まった。月に2回は必ず逢いに行った。北山にあ
る、おいしいケーキ屋を教えてくれた。祇園の路地裏に、おもしろい石の置物がある事を教えてくれた。

優香の家の近所の路地には、十二支の名前がついている事を教えてくれた。新京極においしいクレープ屋がある事を教えてくれた。雑誌に載っていない、地元の人がよく利用するお店も、教えてくれた。苦手だったプリクラも、好きになった。


141 名前:
ヤマハの人 ◆0vMqYi.mjA [sage] 投稿日:2005/08/30(火) 14:49:18 ID:uvfWM8bq

ノーマルシートに戻し、バックステップも外していた。彼女を乗せて、街中を走った。京都駅の屋上にも、何度も行った。俺は、屋上から見る景色が好きだった。レモンイエローの明かりの下、手を繋いで京都の街をずっと眺めていた。

夜、泣きながら電話を掛けてくる事もあった。そんな時はRZVに乗って逢いに行った。ほんの少し一緒の時間を過ごし、東京へとんぼ返りなんて事も、何度もあった。RZVの距離計は、みるみる伸びていった。高速代やガソリン代も、ばかにならなかった。そんなある日の事。

仕事帰りに、友人とラーメンを食いに行った時に、「俺、京都に住もうと思うんだけど」と、俺は友人に打ち明けた。「ちょっと飛ばせばフォー時間もかからないで行ける距離だけど、やっぱ帰りが辛いし、なかなか好きな時に会えないし、金だってかかる。それなら京都に住んだほうがいいと思うんだよ。あっちでアパートは押さえたし、仕事も決まりそうだしさ」

友人は、寂しくなるなと言いながら、応援してくれた。
彼女にはまだ話していなかった。次の週末、嵐山に紅葉を見に行く時に、話そうと思っていた。しかし、その週末は来なかった。


144 名前:
ヤマハの人 ◆0vMqYi.mjA [sage] 投稿日:2005/08/30(火) 15:06:13 ID:uvfWM8bq

急に、彼女の態度が変わったのだ。冷たい口調になり、明らかに、俺に嫌われようとしているな、という態度だった。昨日、友人に決意を誓ったばかりなのに。いったい彼女に何があったんだ?俺、何かやっちゃったか?そして会いに行くと言っても、「忙しいから」と断られる事が続いた。

俺は、わけがわらなかった。
彼女は、車の教習所に通っていた。そこの若い教官がすごく親切で、よくメールや電話で、その教官の事を話していた。その教官に、遠距離恋愛である俺達の事について、相談にのってもらっている事も、以前、俺に話してくれていた。……これか。

一方的に別れを告げられ、俺は日々、放心状態だった。決まりかけていた京都の部屋も、仕事も、キャンセルした。友人は怒り狂っていたが、「まあ、遠距離だったし、すぐに会えないやつより、近くにいてくれるやつの方がやっぱりいいんだよ」などと、妙に冷静な自分もいた。

それでも、数ヶ月は落ち込んでいた。大好きだった夜の散歩も、全然しなくなった。友人がツーリングに誘ってくれたりもしたけど、バイクに乗る気がなくなっていた。

そしてまた夏が来た。


146 名前:
ヤマハの人 ◆0vMqYi.mjA [sage] 投稿日:2005/08/30(火) 15:08:11 ID:uvfWM8bq

その頃になると、気持ちも落ち着いてきていて、また夜ツーに出かけるようになっていた。ふと彼女の事を思い出しても、チクリと胸が痛む程度になっていた。そんなある日の週末。ふと、八橋が食べたくなった。八橋なんか通販でも買えるし、横浜の大黒パーキングに行けばいつでも買える。しかし、やっぱ産地に行かなきゃだめだろ。って事

で、京都に行く事を決めた。
思い立ったが吉日。その週末には、京都に立っている俺がいた。八橋を食べて、軽く観光してみるも、ああ、ここはあいつと来たな、とか、ここでケーキ食ったんだったな、とか、鴨川に行けば、ああ、この土手で、カップルの行列に混ざって、一緒に夕日を見たなあ、とか、思い出すのは彼女の事だけだった。街中が、彼女との思い出で溢れていた。

俺は京都駅の屋上に行った。何を思ったか、消せなかった優香の番号をプッシュしている俺がいた。「今、駅の屋上にいる」と、たった一言だけ告げて、電話を切った。来るわけないよな。ストーカーみたいで気味わりーしな。などと思いつつ、ポツポツと明りがつき始めた街を眺めていた。


147 名前:
ヤマハの人 ◆0vMqYi.mjA [sage] 投稿日:2005/08/30(火) 15:10:24 ID:uvfWM8bq

不意に後ろから声を掛けられた。優香だった。まさか来るとは思ってなかったから、かなり不意打ちをくらった気分だった。それでも平静を装って、なんとか声を絞りだした。
「お、おう。久しぶり」

「…久しぶりやね」
もともと痩せていたが、優香は以前よりさらに痩せていた。
ぽつり、ぽつりと、優香は話しだした。遠距離が辛くて、寂しかった事。相談に乗ってくれていた教官を好きになってしまった事。俺を裏切った事が、ずっと胸に引っかかっていて、辛かった事。

何度も何度も、ごめんと繰り返す彼女に俺は切れた。彼女を引き寄せて、頭をクシャクシャと撫でる。

「気にすんな。もう終わった事だ。これからは、お前の幸せだけを考えて生きて行けよ」 「今までありがとな。お前と一緒にいた時間は、すごく幸せだったよ」 「俺はもう少しここで夜景を見ていくから。お前は一人で帰れるよな?」
「じゃあな」

彼女はじっと俺を見つめている。突然、優香は泣きながら俺の胸に飛び込んできた。「ごめんね、ごめんね」と繰り返しながら。
「お前なあ、早く帰れ。泣けねーだろうが」と冗談っぽく言うと、「…ん。うん。ごめんね。」と最後までごめんねと言いながら、長いエスカレーターを下りていった。


148 名前:
ヤマハの人 ◆0vMqYi.mjA [sage] 投稿日:2005/08/30(火) 15:11:59 ID:uvfWM8bq

俺はまた京都の街を見下ろした。何度も通った、彼女の家の方角を見つめる。「これでやっと終わる事ができなかなー」と、小さく呟いて俺は京都をあとにした。


今でも俺は京都が好きで、八橋が好きだ。ふと食べたくなると、京都までバイクを走らせる。RZVはもう売ってしまって、今は違う愛車だけど、今ではもう、彼女の事を思い出しても、京都に行っても、胸が痛む事は無い。ああ、懐かしい思い出だなあと、なんていうか、生温かい気持ちで振り返る事ができる。そして最後に一言。

彼女が今でも、そしてこれからも、幸せでありますように。


おわり。





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